第3章 演奏会

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アヤの記憶はすでにこの時なかった。 客席から甲高い大きな悲鳴があがる。 チェロの弓を握り締めたまま、アヤは舞台に倒れた。 「素晴らしい演奏だったよ、でも途中で曲を終わらせるのはいけない」 一瞬、コウダイの声が微かに聞こえた気がした。 アヤは病院のベッドで目覚めた。隣には母が心配そうに眺めている。 「気が付いた?ただの貧血だったみたい、緊張のしすぎかもって」 母は呆れた顔でアヤをのぞき込んだ。 「昨日眠れなかったんじゃない?朝食も食べなかったし。ま、たいしたことなかったから良かったけど」 「私、演奏の途中で?ごめんなさい」 「いいのよ、気にすることないわ。しばらく寝てなさい」 母は自分の着ていた上着をたたむと飲み物でも何飲む?と言い、病室から出ようとし、すぐさま振り返ると「あ、そうそう、先生が最高の演奏だったって褒めていたわよ」と言った。 アヤは涙があふれた。あれほど曲に入り込み、夢中になって演奏したのは今まで無かった気がする。観客の熱気、自分の最高の演奏、そして緊張が合わさり、自分は倒れてしまったのだろう。うっすらと思い出すあの湖。湖の白鳥を思い出していた。滑らかに動く羽。眩しい水しぶき…。
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