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「弟夫婦の病状について、ほぼ何も知らなかったので…伺いたいと思いまして」父は言う。
「はい、このたびは大変お気の毒でした。治療については最善をつくしてきたつもりです。まぁ治療といいましても、ご本人達はうつ病と思っていたようですが、病状からして統合失調症とも言い切れず、結果、はっきりとした病名はついておりません。ですから、主にカウンセリング中心の治療でした。薬については警察や病院側からも聞かれましたが特に変わった薬を処方したことはありません。処方したのは何度か、睡眠薬くらいでしょうか」
「先生は自殺とか、所謂心中とかの線は全くないと思われますか?」父は咄嗟に言った。
精神科医の伊藤は一瞬驚いた表情を見せたが、また話始めた。
「いえ、それは警察や病院側からもお聞きになったと思いますが、死因は簡単に言うと「心臓の血管が破れたことによるもので…間違いありません」
「はい、ですが、二人同時に?」
「珍しいことではありますが、ほぼ同時刻だったようです。本当に残念です。
音楽をこよなく愛していらっしゃったみたいで、音楽の話をよくされていましたよ」
「はい…」父は目頭を押さえた。
アヤは父の隣で終止無言だった。
二人は挨拶をし、病院を出ると庭の噴水のそばに腰を下ろした。
「なぁ、アヤ。引越ししてもいいか?」
「え?」
「今の家は売却しようと思う。元々親父の代からの弟の家を次いでやりたいんだ、親父があの土地を気に入っていたからな、売却するのは今住んでいる家にしようと思う」
「そうなんだ…」
「もちろんミサエにも聞くけどな」
「うん、私はいいよ」
噴水の水は次第に夕焼けに照らされてオレンジ色に輝き始めた。アヤの指は知らず知らずにまた動いていた。チェロの弦に触れているように。
そして水の音はアヤを安らかな気持ちにさせた。
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