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いつもの様にアヤはレッスンの為、先生の自宅へ向かった。ドアを開けると玄関に立っているのは先生ではなく、奥様だった。
「こんにちは」
「ごめんなさいね。今日、先生いないのよ。連絡したんだけど、もうあなた、家を出ちゃった後だったみたいだから…」
「そうですか…」
「突然でごめんなさいね。先生は今急用で上野の方へ向かってるのよ。ほら、演奏会、近いでしょ。会場のトラブルだとかで…それであなたにくれぐれもと…」
「何でしょう」
「芸大を卒業されたお弟子さんで、チェリストの方が来ることになっているの。プロで活躍されている方よ。ちょうどあなたのレッスンの後に遊びにくる予定だったんだけど彼にレッスンしてもらいなさいって」
「え?今日はお休みってことじゃないんですか?」
「もちろんよ、そんな無責任な人ではないわ。たまには違う先生にレッスンを受けるのも悪くないわよ」
奥様はにこやかに笑った。
アヤはしばらく沈黙した。今週もあまり弾いていない。
「あの…まだその方来るまでに時間ありますよね?少し弾いておきたいんです。練習しながら待たせてもらってもいいですか?」
「お取り寄せした美味しいクッキーがあるんだけど?」
「いえ…」
「あら、クッキーよりレッスンなんて珍しいこともあるものね」
奥様は声を出して笑った。先生から色々と聞かされているのだろう。毎日レッスンしないお弟子さんがいると。急いでレッスン室へ入り、弓にニスを塗り始め、音を出した。
しばらくするとレッスン室に奥様と一人の男性が入ってきた。年齢は20代後半だろう。
アヤは正直、先生に似た黒ぶちメガネの真面目一直線タイプが来るのではないかと想像していた。だが、ラフな白Tシャツにジーンズ、髪はかなり茶色に染めていた。
彼の名を渡辺コウダイと言った。
「初めまして。アヤさんですね?さっき先生から連絡がありまして、トラブルは解決したとか…なんか、すみません。私なんかで。早速レッスンを始めましょう」
「お願いします」
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