0人が本棚に入れています
本棚に追加
見かけによらず彼は品がある。育ちがいいおぼっちゃまタイプなのだろうかとアヤは思った。コウダイはハードカバーからチェロを取り出した。まるで愛する恋人を扱うように。ハードカバーには大きな羽のステッカーが貼られている。
「アーの音くれますか?」
アヤは頷くと人差し指で鍵盤をたたく。すると彼は無言で曲を演奏し始めた。アヤが演奏会で弾く予定の、サンサーンスの「白鳥」だ。低音が部屋中を覆いつくし、夢の世界へと誘う。
「この曲が一番好きなんだ」
「私もです」
そしてアヤも音を奏でた。音階から始まり、演奏会で弾く「白鳥」まで。レッスンはあっという間に終わった。教え方はバーコード先生とそっくりで優しくて厳しかった。コウダイは弓を持つアヤの指にそっと触れる。
「ここ(手)で音を奏でているんじゃないでしょ?頭にはいつも音符があふれているのではないですか?心というべきか…おそらくヘ音記号でしょうけどね。映像にも近いかな。それを体全体で動かすイメージで音にしている?君とは何か同じ感覚を持っているような、そんな気がします」
「ええ、多分そうです、わかります…」
「よかった…でも、先生には理解されませんでしたよ。まずは技術が伴わなくては自分の音も出ない。何もならないってね…」
「そうでしょうね…」
「レッスンは少しでもいいので、毎日やるといいですよ、楽譜どおりにね」
「はい…すみません…」
彼は優しい。そう思い、アヤの鼓動は激しくなっていた。
最初のコメントを投稿しよう!