旅人は遠方より来たる

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室内に響く声に誰も何も言わず、続けられるであろう言葉を待った。 俯き、小さな体を震わせて旅人はゆっくりと息を吐き、握る拳を見続ける。 「村の側には雪山から流れる大きな川があります……その川から清らかな水を引き、村は潤いを得て平穏な日々を暮らしておりました。3年程前のある日、川の水が減り始めている事に気付き、村人たちで雪山の(ほこら)に様子を見に行ったのです」 「祠?」 ナルの問い掛けに旅人はチラリと顔を上げては直ぐにまた下を向いた。 「はい、雪山には【水神(みずかみ)様】を祀る祠があります。北の大地には【水神様】に(まつ)わる伝承があり、村や町によって伝えられ方は違いますが、『山におわす【水神様】が麓の民の平穏の為、悪鬼を封じて眠らせている』と言うもので、豊作と厄災祓いを願って毎年2回程お詣りする習慣があります。その年のお詣りには何の異変も無かったはずなのに……様子を見に行った時には祠は壊され、山の奥、山間にある川の上流に……見た事もない大きな壁が築かれ……賊が……巣食っていたのです!」 話しをする旅人の拳にポタリと雫が落ちた。 「賊は、【水神】と名乗り、毎月貢物を寄越せと言ってきました!貢物と引き換えに水を流してやると……最初はそんな理不尽な要求には応えられないと抵抗し、賊を追い出そうと皆で奮起しました。ですが賊の攻撃に村人が傷付き、血を流してしまう事に堪えられなくなって……作物を貢ぐ事にして……それが……段々と請求される量が増え……貢げなくなると水を分けてもらえなくて……水がないと作物も育てられなくて……自分たちの食べる物も無くなって……生きていくために村を出て行く者まで……だから、私は、人伝てに王様に願い出れば救ってくださると耳にして、ここまで……なのに……!」 悲し気な声を出し、憤りを拳に現して悔しがって涙を落とす旅人に、クロウは視線を外して瞬きをしながらため息を吐き出し、ナルはつまらなそうに「ふーん」と目を細めて首にかかる髪を弄る。 そして青年はそっと旅人の肩に触れ 「──そうですか」 と応えて微笑んだ。
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