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どんなに考えを巡らせても他に何も浮かんでこない。
ふとリョクシの鼻を温かな湯気と空腹を促す甘い匂いが擽った。
顔を上げて漂ってくる匂いの方へ目を向ける。
「あーっ!ポトフ!」
奥の部屋からクロウが飛び出してきて喚いた。
その手には半身を覆い隠す程大きな麻袋が握られていた。
パンパンに膨れた麻袋を肩に担いで、クロウはキッチンの中で調理に励むトキの元に駆け寄る。
「ちゃんと作ってあったんだ!」
「当然です。リョクシ様にも持って行って差し上げてくださいね」
「うん、うん!」
重そうな麻袋を担ぐ手の反対側の手に、クロウは大きな盆にスープ皿を2枚乗せて上機嫌で平台の傍にやって来た。
湯気のたつ盆を台の上に置いて「ほい、お前の分」と明るく言ってリョクシの目の前に1枚の皿を置くと、石壁に立て掛けてある長椅子を向かい側に降ろして自分がドカリと座る。
「いっただきまーす!」
と元気よく挨拶をして両手を合わせるやいなや、銀のスプーンで口の中にかけ込む。
先程までごねて喚いていたとは思えない様と目の前の温かな食事に目を丸くした。
「さっさと食え、冷めると旨くねぇぞ」
美味しそうに口を働かせながら何故手を出さないのか不思議そうに目をしばたたせて話し掛けてくるクロウに、リョクシは戸惑いながらスプーンを握った。
〈何だろう……この人は……〉
腹が膨れて満足したクロウと、一口食べて思考が停止したリョクシの皿が空になり落ち着いた頃、鼻歌を奏でながらナルが奥の部屋から姿を現した。
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