砂漠の青い蝶

3/15
前へ
/15ページ
次へ
 灼熱の太陽は私の全てを包み込む。果てしなく続く砂は緩やかな風に流され、小さく舞いながら煌く。真冬でも、梅雨時でも、私の見る夢はいつも同じ砂漠だ。 安ワインを瓶ごと喉へ流し込み、ベッドに入って瞼を閉じた瞬間から、全裸の私は砂漠の上に立っている。ここは夢の世界。数百メートル先には、今にも壊れそうな木造の小屋があって、中は薄暗い。壁際には少しの水が入った銀色のバケツがあり、その横には祖父から譲り受けた護身用の刀が立て掛けてある。背の高い小さなテーブルには、散りばめられた砂と、硬くなったパンが無造作に置かれ、窓際にあるベッドのシーツだけが眩しい程に白かった。  消えたランプの周りを青黒く光るアゲハ蝶が一匹飛んでいる。  まるで私を嘲笑っているかのようだ。 美しいだけで何の感情もないあの蝶だけは、いつかその羽を真紅の胃液で溶かし、汚物として排出してやろうと思っている。この広大な砂漠では太陽も月も時間を示す一部でしかない。いや、むしろそんな感覚など初めからこの世界にはないのかもしれない。  満天の星空を美しいと感じることさえ出来なくなった私は、既に感情の全てを何処かに置き忘れてきたのだろう。   砂漠の夢を見るようになったのは、信じた男に妊娠したと伝えた夜からだった。優しかった男は「俺の子じゃない」と突然変貌し、まるで悪霊にでもとり付かれたかの様に私の腹を殴り続けた。  別荘に置き去りにされ、胎内の鼓動は暗黒の海へと誘われ、手を伸ばしても、どれだけ血の海でもがいても、もう二度と小さな命と私は輪廻転生さえ望めなくなったのだ。精神と身体は数秒ごとに分裂し、海へ飛び込むことも、死に急ぐ理由さえ見つからず、この身体はこの世を彷徨い続けるしかなかった。    真っ白なワンルームの部屋でどれだけ涙を流しても浄化されることはなく、甘い言葉を囁く男達に抱かれても、その眼の裏は全てが呪いに満ちた罠でしかなかった。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加