黒い不死鳥

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 エレベーターのボタンを押すのは三回目。一日に何回押すことが出来るだろう、それを数える のが私の日課だ。十回以上の記録を更新したことは無い。   外に出た。  風は冷たく、正面玄関のガラスドアには腐りかけた葉が勢いよく打ちつけられている。ガラスに 付着した手垢は私をより一層不快にさせ、等間隔に整列する木々達は葉を揺らし、その音は まるで唸り声のようだった。  空を見上げる。  灰色の雲が微笑みと涙を含み、交互に私の肩にもたれ掛かるように落ちてくるかと思った。 体重が増えたような感覚になり、排気ガスの匂いが鼻につく。腕時計の音は休むことなく 風と共に流れていく。明日になれば太陽が顔を出すに違いない。ベランダには洗濯物が揺 れ、輝かしい存在として人々に喜ばれるのだろう。そう、私は絶対に拍手なんかしない、し てやらない、私は太陽の光が憎い。 「翼がほしい」  人々が私の存在に気付いた時、蜃気楼のように美しく、消えることが出来るかもしれない。強 烈な紫外線にだって耐えられるかもしれない。皆川家と書かれた葬儀場への案内板は黒い文 字で、白紙に白だったら誰の目にも留まらないのだろう。だから薄暗い雲の中へ飛ぶ羽は黒く、 感触の無い羽でなければならない。パイプオルガンの和音がフラットばかりで永遠に続 くように空想ばかりが私の胸を押し潰す。  私は暫く団地の前にある自転車置き場に立っていた。帽子を深くかぶり、時折通る人々に小さな芝居をして見せた。近所の主婦達はスーパーの袋を提げ、無表情で通り過ぎる。 それは承知の上。錆びた自転車はもう何年も乗ってはいなかったし、乗る勇気も気力もない。 第一行く場所など無かった。だから私はキーを差し込む演技をするだけ。 「これから私は颯爽と風を切って自転車を漕ぐのよ」  
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