風呂場を占領した女

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俺のアパートは「幸福荘」という名前だ。一見、幸福そうに見えるけど、実際のところ住人は皆不幸かもしれない……と思うのは俺だけだろうか。隣の親父は職人らしいが、いかにも女房に逃げられた風貌だし、その隣の住人は玄関前にオタ系マンガを積んでいる、どう見てもモテナイ君だ。玄関を入るとすぐに台所がある。その横にはユニットバスではない、独立した風呂場とトイレ、洗面所がある。台所と和室の境には玲子が選んだレースのカーテンが垂れ下がっており、和室にはコタツとテレビが置いてあって、ついでにゴミの山も積まれている。しかもベランダ付きだ。洗面所はさすがに狭いが、このアパートのいい所は何と言っても広い風呂場がついていることだろう。家賃は月五万円。線路沿いというのがやや気になるが、普段から職場の仮眠室でむさ苦しい男どものイビキを嫌という程聞かされている俺にとっては、多少うるさい方が逆に落ち着くってもんだ。今時こんなに安いアパートは都内の何処を探しても見つからないだろう。入居する前、何故安いのかと大家を問い詰めたが、「幽霊は出ませんよ、電車がうるさいからね」という返答だった。だが、幽霊にとりつかれるよりも、やっかいな玲子という女にとりつかれている俺は、新宿のワシントンパークホテルで警備員として働いている。今日は夜勤明けでアパートに戻る。丸三日間、数分の仮眠はとれたものの、今の今まで、眠っていない。新人の隊員が無断欠勤した為に、主任である俺が代わりに勤務していたのだ。 「本宮主任はさすがですねー、俺らには絶対真似できませんよー」 「まぁそうだろな、俺は三日くらい寝なくても平気だからなー何事も経験だ、お前らも頑張れよ」
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