風呂場を占領した女

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俺は鼻高々にそう言い、部下の言葉を素直に喜んだ。だが、俺のいないところで部下達は「だからいい歳こいて結婚もできないんですよねー」と噂しているに違いない。まーそれはどうでもいい、俺の年齢でも結婚していないやつはゴマンといるではないか。とりあえず俺はホテルを出ることにした。澄み渡った青い空を一目見るまでは勤勉で真面目な俺から解放されないのだ。裏口から外に出ると、太陽の光が眩し過ぎて、顔を上げることが出来なかった。駅までの道はほとんど記憶になかったが、 電車に乗ると、だるさと睡魔が一気に襲い、耐え切れずに冷や汗をかいた。自分の汗の臭いさえツンと鼻に付き、とにかく若い女性の傍には近づかないよう気を配った。「あのおっさん臭いー」なんて大声で言われた日には、俺はきっとその場で失神してしまうだろう……ま、それくらい疲れはピークに達していたということだ。ホームに到着し、俺は切符を取り出そうとしたが、何処にしまったか全く思い出せない。改札口で体中に付いていたポケットというポケットを調べたが、一向に見つからず、駅員に「落としてしまったみたいです」と頭を下げて通してもらった。ここで金を払うわけにはいかない。財布にはコンビニで買っていくビール一缶の金しか入っていないのだ。とにかく、早く「幸福荘」に帰りたかった。足は徐々に震えだし、汗はもう服が搾れる程になり、自分の体温が指先とつま先から失われていくような感覚に陥った。線路沿いのフェンスを見ると眩暈がした……とにかく歩かなければ……仮眠室の隣にある垢や錆や毛だらけのシャワーではなく、一刻も早くうちの広い風呂場で足を伸ばし、温まりながら目を閉じ、ゆっくり愛しの「プカプカ浮かぶアヒルちゃん」と過ごしたいのだ……その後は、ビールを空け、枕を抱いてただひたすらに眠るのだ……そう、その一心で戻るのだ……歩くのだ……俺よ、歩け……歩け……。巨乳のお姉さんのレジでビールを買ったぞ。おお、冷えているではないか、これを幸福荘に持っていくのだ。
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