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私の田舎では都会と違って、親戚づきあいや近所づきあいがさかんだ。大概結婚式といったら、二百人から三百人は集まり、披露宴を行って、その後一晩中親族同士で酒を酌み交わすのが慣わしである。兄、慶介は高校を出るまでこの土地で過ごし、東京の大学へ進学した後、一流企業へ就職した。そこで出会ったという和子さんは今度私の義姉になる人。彼女はスタイルも顔も抜群で頭もいい。気さくで、料理も上手くて着物も似合う。祖母の若い頃の着物も私より和子さんの方が似合っていた。先日私の家に泊まった和子さんは、私の起床前に朝食を作ってくれた。
「おじゃましているんだから、これくらいやらなくちゃね」
そう言って、いつも持ち歩いているのか、桃色のエプロンをつけて、白い八重歯を見せた。彼女の作る卵焼きは、母が昔作ってくれたものと同じで甘い。兄が教えたのか、それとも彼女のオリジナルなのかはあえて聞かなかったが、和子さんの手料理は卵焼きに限らず、全てが美味しく、何故か懐かしい味がして、思わず涙ぐみそうになった。兄もさぞかしこの味に感動したに違いない。
「今夜も月が綺麗ね」
私が彼女と過ごした晩は月が綺麗だった。私達はベッドサイドのランプだけをつけ、橙色の光に包まれ、時に月を眺めながら、赤ワインを片手に深夜まで語り合った。ただ頷くだけでは会話は途切れてしまうから、仕事先での人間関係に悩んでいるというありきたりな話を作り上げることにした。さぞかし思い切って告白したかのように、彼女に相談を持ちかけた。
「要は、首が飛ぶかもしれない時に髭の心配をしてどうするのかってことだわね」
彼女は映画、七人の侍の話をしてくれ、熱心に語り始めた。
「人間なんて、生きてるだけで、もうけもんなのよ。少なくとも私はそう思うわ」
何も不自由ない全てを兼ね備えている彼女からそんな言葉を聞くとは思わなかった。彼女は素直にうなずく私に夜通しアドバイスをしてくれた。
「和子さんは、今まで悲しかったこととか、苦しかったこととか、あったのですか?」
そう聞いてみたかったが、いつもの癖で、言葉達はすぐに喉の奥へと戻ってしまい、
脳裏に言葉がよぎるだけで精一杯だった。普段から私の口からは私自身の言葉が出ることは無い。幼少の頃から無口でおとなしい子と言われてきたが、頭の中では自分の言葉達は溢れかえって渦を巻いているのだ。
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