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兄も少なからず私の気持ちに似た思いを抱いているかと思っていたが、和子さんとの出会いがそれを変えてくれたのだろう。彼女と出会ってからの兄は性格もセンスも洗練されていったように思う。田舎にふらりと帰ってきても縁側で空を見上げていただけの兄に笑顔を与えてくれたのも彼女のおかげだ。彼女が嘘つきだと知るまで、私にとっては童話に出てくるお姫様のような存在にすら感じられた。
空港まで兄の出張の帰りを和子さんと迎えに行った時のことだった。久々にフランス料理でも食べたいわねと彼女は私に微笑みながら言った。あまり着ないワンピースのフリルとともに私の心は躍っていた。だが、和子さんは「まだ時間があるわね、ちょっと待っててお手洗いに行ってくるわ」と言い、小走りにかけていった。私も口紅くらいは直しておこうと思い立ち、すぐに追いかけたが、彼女の姿は見えなかった。化粧室に入ると、一箇所だけ扉が閉まっていたので、まだ用を足している最中なのかと思い、私は口紅を直して待つことにした。
するとその扉の中から煙草の匂いがしてきた。和子さんは煙草を吸わないはずだったし、ここは禁煙でもある。もう出た後なのかと思い、私を捜しているのかもと大急ぎで口紅をしまったとき、はっきりと煙草の煙とともに和子さんの声が聞こえてきた。誰かと電話をしている口調だ。
「やだわ、慶介みたいな男に本気になるわけないじゃない。貴方だけに決まってるでしょう?あ、結婚?遺産狙いに決まってんでしょ、あの家ね、親が居ないのよ。親がわりのじいさんばあさんはもう長くないしさ、それに最近開発されてる場所に土地やら店やらいっぱい持ってんのよ?え?いいわ、じゃ明日の夜マンションで待ってるわ……うん、じゃまたね」
私は自分の耳を疑った。和子さんの声でないことを祈った。だが、ドアから出てきたのは私を見て眉間に皺を寄せている彼女だった。
「今の話、全部聞いてたのね?慶介にバラしたらいくらあんたでも殺すわよ」
信じられない言葉が彼女の口から出た。私は一瞬眩暈がし、その場から一歩も動けなかった。「さ、気を取り直して行きましょうね。私の義妹、直美ちゃん」
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