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その後、三人でフランス料理を食べたことも、味も、その後どうやって家に帰ったのかも、今になってはもうあまり思い出せない。その夜、和子さんから電話があった。
「あんたにもそのうち女の辛さが分かるわよ。でもね、慶介を愛してないわけじゃないわ、わかるでしょう?彼は私が必要なのよ」
その言葉を聞いていくらか楽になったが、和子さんの話では他に付き合っている男性がいる様子だった。人間同士の付き合いなんて私には分からない。ましてや男と女も。そして人間の心理も深層心理も何も知りたくはなかった。
私は夕飯を終えた後、祖父母に「散歩してくる」といい、また裏山へ来ていた。
『伝えるのです……彼女の嘘を兄に伝えるのです』
また月の声が聞こえてくる。上を見あげると、竹の隙間から白い月がぼんやりと顔を出した。父や母がいたら、私は一人で悩むことはなかったのかもしれない。心から慶介兄ちゃんの結婚を喜んでいる祖父にも祖母にも告白する勇気がない。ただ『和子さんとは気が合わないの』という小さな嘘をつくことしかできないのだ。例え伝えたとしても慶介兄ちゃんは私の言葉を信じないかもしれない。たとえ慶介兄ちゃんが彼女に騙されていても幸せだと感じ日々を過ごすことができるなら、あの笑顔を永遠に忘れないでくれるなら、それでいいのかもしれない。結婚式はもうすぐだ。ハワイで挙式なんて、本当だったら喜んでついて行くのだろう。どんな空なのか、どんな海なのか、どんな人たちがどういう景色を見ているのか、憧れの南国に思いを寄せてみる。父も母もそして祖父母も私もみんなみんな輝く太陽の下の笑顔の結婚式……。
白い小さな教会で、慶介兄ちゃんと嘘のない綺麗な和子さんは永遠の愛を誓い合うのだろう。緑色の芝生で写真撮影をするのかもしれない。色とりどりの花びらを投げるのは金髪の少女かもしれない。賛美歌は永遠に私の耳に残るのかもしれない。
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