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ある昼下がりの内裏の回廊。
頼爾と信爾は揃って陰陽寮へと向かっている途中。
ある声に呼び止められた。
「おや、これはこれは…陰陽頭の大事なご子息ではないか」
下卑た声。詩合に向かう公達だった。
ご子息、と言いつつも、目線は頼爾しか見ていない。
「本日の詩合にはおいでになるんですかな?」
どこからか、それはないだろと含み笑いが聞こえる。
「おや、おいでにならないのですか。これは残念」
ふふ、といやらしく笑い、公達は頼爾に向けて何かを手渡した。
兄、頼爾を良く思わない者達が、何やら動いているのもわかっていた。
ーーけれどこれは。
大輪の花が描かれた優美な扇。淡い紅に乗せた金箔が何とも美しく、艶やかだ。
しかしそれは、誰がどう見てもおなごの物だった。
それが頼爾の手に渡った瞬間、低いさざめきのように笑いが起こる。
思わず立ち上がろうとした信爾をやんわりと止め、頼爾はゆっくりと立ち上がった。
「あ、兄…」
まさか、ここで一悶着起こすのではと不安が過ったが、頼爾の表情は穏やかで、自信に満ち溢れていた。
たん、と一足頼爾が強く踏み込むと、渡した首謀者であろう男達がびくりと肩を震わせた。
(恐れるぐらいなら、何もしなければ良いのに)
思わず呆れてしまうほど、男達の姿は浅ましかった。
全ては、兄を辱しめようと企んだ罠なのだ。
大勢の前で騒ぎを起こせば当然父の顔に泥を塗ることになる。それを知っていて、むしろそれを狙って渡したのだ。
頼爾は、踏み込んだ足をすうっと滑らせ、足と反対の手をゆっくりと挙げた。
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