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一足。それと共に響いた低い音。
それが、人の声だと気づくまでに一瞬の間があった。
頼爾の声だ。
しなやかに力強く伸びるその声に、女御たちまでもが集まってきていた。
その声に乗せて、美しい舞いが見る者の目を奪う。
洗練されたその舞いに、信爾は玻璃月を思い出していた。
けれど頼爾の舞いには、儚げな壊れてしまいそうな悲痛な影はなく、未来へと踏み出す力強さが溢れていた。
ーーそして、人を惹き付けてやまない魅力も、有り余るほど溢れていた。
「…兄上、少し変わられましたね」
「そうかな?」
頼爾の舞いを見ようと、あのあと少しの間騒動は収まらず、やっと静まったあと。
「ええ、前はもっと…あからさまな嫌味を言ったり、睨み付けたりしていたじゃないですか」
「…そう、だったかな?」
苦笑いをする頼爾。
頼爾に嫌味を言った公達は、舌打ちをしてそそくさと詩合いの場所に逃げて行った。
「未来の陰陽頭の、邪魔立てはしたくないからね」
「……?私、ですか!?無理です、兄上のほうが…」
「半妖の私が、なれるわけないだろう?
私はいずれ、そうだな…澪乃山にでも隠居しようか」
ははは、と頼爾は高らかに笑った。
「…お前なら、なれるよ」
「それならば兄上、兄上は…妖の頭になってください」
「…急に、なにを?」
「私と兄上で、人間と妖が暮らしやすい世界を作るのです。…きっと、いま父上がそうされてるように…いえ、もっと良くしましょう!」
力強く言い切った信爾に、頼爾は目を見開いて驚いたが、ゆっくりと優しい笑みに変わっていく。
「…お前も変わったな、信爾。頼もしくなった」
「…ありがとうございます」
「さぁ、それにはまず溜まっている仕事を片付けなくてはな。頼むぞ、信爾!」
「えっ!?兄上!?」
言うやいなや颯爽と逃げ出す頼爾。
「あ、兄上ーー!」
残るのは頼爾の高らかな笑い声。
そして、途方に暮れた信爾の呼び声。
秋の空高く、その二つが仲睦まじく響き渡った。
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