8人が本棚に入れています
本棚に追加
山々は薄桃色の、煙るように桜が咲き誇る季節。
遅い春に目を細めていた沫津己は、ふとその白い手のひらを空へと伸ばした。
「…おや。花びらかと思えば…」
沫津己の手のひらに舞い降りたそれは、音もなく消えていく。
「雪…ですか?」
驚く東雲に、沫津己はふふっと笑った。
「なに、珍しいことではない。けれど、こういうときは…あれが出るかもしれぬのぅ」
「あれ…?な、なにが出るんですか!?」
身構える東雲に、沫津己はひらひらと手を振る。
「なぁに、お前や私には脅威にもならぬ。
それより、花びらと風花の共演じゃ。楽しもうぞ?」
沫津己から差し出された手を恐る恐る繋いだ東雲は、そのままくるくると一緒に回った。
「わっ、わわ!沫津己さまっ」
「はははっ!春じゃ春じゃ~!」
笑顔でくるくる回る沫津己に、つられて東雲も笑顔になっていた。
「楽しそうだねぇ」
遠くで戯れる二人の姿を見る常磐に、ゆっくりと声をかける者。
「…妬けてしまうね」
どこか憂いを帯びた目で微笑む、沫那己だ。
「……それは、どちらにですか?」
寡黙な常磐の問いに、沫那己はククッと笑った。
「珍しいね、君がそんなことを気にするなんて……
そうだなぁ、私は欲張りだから、どちらもかな?」
「それは……厄介ですね」
ぶっきらぼうに返される言葉にひとしきり笑ったあと、沫那己は優しく微笑んだ。
「それでもね、嬉しいのが勝ってしまうね…。この、平和な日々が、
この私が、日の光を浴びられることが、何より嬉しい……」
そう言って、空を見上げる沫那己の首筋に貼りつく鱗は、キラキラと光っていた。
最初のコメントを投稿しよう!