涙で濡れた白いワンピース

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その日は夕方頃から咳が止まらず、少し熱があるように思えた。仕事は手につかず、読みたくも無いファッション雑誌を手にし、留守電から聞こえる事務所の女性の声や、「デートに連れてって」というガールフレンドの声をただ何となく聞いていた。しだいに人や車の音が聞こえなくなり、犬の遠吠えが聞こえ始めた頃、僕は急に寂しさで胸が締め付けられる思いがした。 「何故なんだ?」 僕はスケッチブックを取り出した。 顔も知らない筈の彼女の絵を僕はひたすらに描いていた。白いワンピースを着ていて、うつぶせになって僕のベッドで寝ている姿。僕の想像上の彼女は、髪が乱れ、石鹸の香りがするようだった。両手は顔を覆っていて、恥ずかしがるようなしぐさで僕には顔を見せてはくれなかった。 部屋中にコチコチという時計の音が響き渡り、窓の外は闇から濃紺へと変化していく。 カーテンを開けると、小雨が降っていた。部屋中に幻想的な青い光が広がり、それはまるで海底に沈んだ僕の気持ちのようだった。 
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