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「なくし物をしてくれると、それを司る儂の神力が上がるから有り難いんじゃが、さすがに君のは度を超しとるよ。お礼とお詫びを兼ねて、神の権威を見せてやろうかと思っての。古来、このような場合は3つの願いを叶えてやると相場が決まっておるのじゃ。そもそも、その発祥といえるのは――」
お爺さんが喋っている最中に、ホール担当が声をかけてきた。
「焼きそばまだですか?」
「サーセン、今すぐ」
お爺さんが視界に入っているはずだけど、ガン無視だった。喋っているのも、完全にスルー。本当に僕以外には見えていない?
「えー、どこまで話したかの? ま、ええわい。そんなわけで、儂の力が及ぶ範囲で、願いを叶えてやるよ」
目の前に神様がねぇ。そんな事もあるかな、と思ってしまったのは、暑さで頭が少しやられてたせいだろう。
ともあれ、このお爺さんが何者でもオーダーは溜まっていく。焼きそばにソースをぶっかけながら、適当に答える。
「じゃあ女の子との出会いが欲しいっス」
「すまん、それ無理。わし、なくし物の神じゃから、何かをなくす事にしか権能が無いんじゃ。何かなくしたいもの、ないかの?」
「いやいやいや、ただでさえ物がなくなって困ってるのに、これ以上はシャレになんないっス。」
ご利益のない神様だなぁ、とまでは言わなかったけど。わざわざなくしたいものなんてあるわけ……
「あ。夏なんてなくなればいいのに、とは思うけど」
「ほう」
「クソ暑いし、遊びに来てる人らは楽しそうだし、やってらんないっス」
「あいわかった。一つ目の願いはそれじゃな」
まぁ、その時までは、願いが叶うなんて本気で信じていたわけではないんだけど。
お爺さんがごにょごにょと呟いて杖をひと振りすると、急に涼しくなってきた。
外から悲鳴が聞こえてくる。みんな一斉に海から出ていた。浜辺にいる人達も、震えながら右往左往している。
思わずお爺さんを見つめた。
「マジすか!」
「マジじゃの」
「夏が、なくなった?」
「そうそう。あ、焦げるよ?」
「おっと」
作り終えた焼きそばを、わたわたと盛り付け、ホールに回す。黒くなった肉やキャベツが幾つかなくなったように見えたけど、気のせいだろうか。
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