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「えっ…」
思わず声を漏らす。
「私の話も聞いてほしいなぁ…なんて…」
「ダメですか?」
何が起こったのか中々理解できない。
自称自分かわいそうとべらべら話し続ける酔っ払いに絡まれていた女性がその酔っ払いに話しかける…
そんなことがあっていいのか??
しかしこんな綺麗で優しい女性に悩みなんて…
「私はですね…」
数メーター離れた場所から彼女を見つめる。
「会社をクビになったんです」
まさか。
驚いて俺は目を見開く。
「社長付秘書だったんですけどね、愛人になれとか言われて…」
「それで思わず平手しちゃって…怖いですね社長権限って。その日限りでクビ。退職金もなんもなしです。」
なんていえばいいんだろう。俺はなんて声をかければいいのだろうか…
彼女は続ける。
「今日…仲が良かった友人が失踪したらしくて…私、その子が借りてたサラ金の保証人になってて夕方いかつい人が家にやってきて金目のもの全部持ってかれちゃいましてね…」
額から汗が垂れる。
「なんかもう全部全部どうでもよくなっちゃって」
彼女もまた同じく、涙を流し始めた。
「あれ…なんで…」
この一言ですべてを理解した。
彼女もまた、どうでもよくなったと思っていたのに、それは失ったものが大きすぎて悲しみの許容範囲を超えていただけなんだと。
俺は近づきながらズボンのポケットに入っていたしわだらけのハンカチを取り出すと、さっき彼女がしてくれたように
「涙を拭いてください」
と差し出す。
彼女は赤く腫らした目に伝う粒を拭う。
どう声をかければいいか解らなかった。
優しさであふれるこの女性の中の苦しみに、どう対処すればいいのかわからなかった。
俺にどうにかできるのか?
むやみに人の心に触れていいのだろうか?
俺はやるせない気持ちでいっぱいにだった。
だけど俺は
肩に手を置き
そっと
「あなたはもう一人じゃない」
そうつぶやいた。
彼女は俺を見つめ、少しすると再び唇を結い目を赤くし大きな声で泣き出した。
それはそれは大きな声で。
周りの目線?そんなもの関係ない。
一人の人間が悲しんでるのに同情すらしてやれない人間なんて消えていなくなればいい。
…この人はもしかして同じ事を考えていたから俺にハンカチを差し出してくれたのだろうか?
俺は…この人の苦しみを和らげてあげられただろうか…
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