†序章† 始まりはこの世ならぬ場所から

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††††††††  その場所は、この世とは位層が異なる場所にある。  つまり、いわゆる異空間。  よって、人の目に映る事はなく、ただ、概念上の存在を保っているにすぎない。  だから、そこには明確な住所がない。それどころか、入り口もないし、仮想風景を映す窓もただのお飾りだ。  そんな、世にも奇妙な建物である《薔薇十字団(ローゼンクロイツァー)》本部の一室、技術開発研究部に砌恭介(ミギリキョウスケ)の姿があった。  彼は、組織の紋様薔薇十字を胸に頂いた白衣を纏い、二十代位といった容貌をしている。掛けている眼鏡が、研究者っぽさを醸(カモ)し出していた。  彼のいる部屋はと言うと、実験室とは別になっている事務室のようなもので、部屋自体は狭い。というか、恭介の机しか置いていないのだが。  そんな彼は、魔術を使った永久機関による電力供給で作動しているコンピュータにかじりつきながら、難しそうな顔で上司を待っている。  ──御巫さん、遅いですね……  御巫桔梗(ミカナギキキョウ)はいつも恭介を呼びつけるくせに、呼ばれる側になると途端にこれだ。しかも、転移魔術で強制的にあちこち振り回されるのだから、たまったものではない。  過去に、彼が着替中のところを呼び出され、殴られた事もある。  そんな、理不尽極まりない上司、御巫桔梗。彼女は、組織のトップにあたる《十二使徒》の一人だ。  その時、部屋のドアが静かに開く。 「いやー、ごめんね、砌君」  ドアの陰から現れたのは、白い神衣に身を包んだ、スタイルのよい女性。  女神像のように洗練された顔の造りに、優雅な物腰。可愛らしさの欠片もなく、見る者に畏怖(イフ)を抱かせるほど美しい。  しかし、彼女の浮かべる笑顔が、それらの堅い印象を全く別のものに変えている。 「もう、遅いですよ」  呆れたように、恭介は言う。 「ごめんねー、ちょっと立て込んでてさ」  少しだけ舌を出す桔梗。大人の女性と言うよりは、無邪気な少女だ。 「全く、せっかく御崎瑠奈についての報告書ができたというのに……」  御崎瑠奈(ミサキルナ)。二ヶ月前に組織に入ったその少女の名を聞くと、桔梗は即座に表情を引き締めた。
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