赤贄

2/10
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
 車のドアを叩きつけるように閉め、鈴村は舌打ちをした。運転席に蹲るパートナーを苦々しく一瞥する。窓越しに見える顔は、青ざめ、微かに震えているようにも見えた。 鈴村は持参のカメラを握りしめた。プロの物に比べたら、たいしたことのないデジタルカメラであるが、この際仕方ない。こうなってしまっては、自分が写真を撮るしかないだろう。 ――なにが、怖いんです、だ。  あれで、プロのカメラマンだというのだから、お笑いだ。 ――まったく、世話の焼ける。  車から少し離れた敷地の、その中に立つ荒れ果てた屋敷を見て、鈴村は苦々しく笑った。 ただの、ボロ屋だ。  こんな屋敷の、一体なにが怖いというのだろう。  鈴村は雑誌の記者を生業としている。昔は、エロ・スキャンダル系を題材としたゴシップ誌にフリーで記事を書いていたのだが、その気骨溢れる取材方法が業界内で有名になり、とある雑誌の専属記者にスカウトされたのだ。  所謂、オカルト雑誌である。  幽霊、妖怪の類は勿論の事、都市伝説の検証、殺人事件の取材など、その手のことを面白おかしく記事にするのが仕事であった。  鈴村は、幽霊の類はまやかしだと思っている。  死んだら、それまで。  幽霊だのなんだの、そんなものは生きている人間の妄想だ。  基本がそんな考えのものだから、彼はどんなところでも飛び込んで取材をするのが常であった。心霊スポット、殺人現場、有名な樹海にも足を踏み入れたし、事故アパートの泊まり込み取材を行ったこともある。  無論、何かを見たり、聞いたりしたことは、一度もない。 これは仕事だ。  面白おかしく記事を書き、読者を楽しませる、一種のショービジネスなのである。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!