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鈴村は、夏が苦手だった。
暑いから、という理由だけではない。
夏は、どうにもごちゃごちゃとしている、という印象がある。音や空気、体温、景色、そういったものが、大鍋に一緒くたに入れられて、ぐらぐら煮られているような気分になるのだ。煮崩れ、形を少しずつ失くし、どろどろと溶け出していく。混ざり合い、何か、別の物に変容してしまう。
そんな感覚に襲われるのである。
「夏なんてなくなればいいのにって思いませんか?」
不意に発せられた宮脇の言葉に、鈴村はぎくりとした。
一瞬、思考を口に出してしまったのかと勘繰るが、どうやらそれは杞憂だったらしい。宮脇は鼻の頭に皺を寄せて、まったく別の事を口にしたのである。
「駄目なんですよ、僕……その」
彼はそう言うと、心底恐ろしいと言った風情で肩を震わせた。そのせいで、車が少し左右に揺れる。ガタついた運転を建て直すように、ハンドルを持ち直すと、彼は大きく溜息をついた。
「……怖い話、が」
「はあ!?」
思わず目を丸くする鈴村である。
「夏になると一斉に、特集とか、組まれるでしょう。本当に、勘弁してほしいですよね」
何を言っているのだ、この男は。これから自分たちがどこに向かっているのか、分かっているのだろうか。
鈴村は眉間に皺を寄せる。
これで、よくオカルト雑誌のカメラマンが務まるものだ、と呟くと、本業はグルメ誌の方なのだということであった。人員不足で急所駆り出されたらしい。
――それは、不憫な。
ある意味彼は被害者なのかもしれなかった。
車は山の奥へ、奥へと進んでいるようであった。
もう道も舗装されていない。がらごろという、土を押しのける振動が、鈴村の尻に伝わった。
雑草をなぎ倒して、車はゆっくりと進んでいる。
鴉が、かあと鳴いた。
夕方が近いせいもあるのかもしれなかった。
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