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実際、わたしに付いた傷跡は文字のように見える。
ただし、それはAではなく、ひらがなの「わ」に似ている。
あるいは下部のない円(左側の上下に出っ張りがある)か。
娘はやっと家を訪れなくなったが、暇さえあれば電話をかけてくる。
話す内容が続くとも思えないが、いつも五分以上話す。
単にわたしの返事が欲しい(生存確認がしたい)したいだけならSNSでも事足りるが、声を聞く方が安全に思えるらしい。
「だって当然でしょ」
娘が言う。
「成り済ましがいたってわからないし」
「誰がお母さんに成り済ますのよ」
「それはわからないけど、声なら間違いないから」
「今だったら声の成り済ましだってできるんじゃないの。ホラ、あの何とかいうヴォーカル・ソフトに歌手の声ヴァージョンがあるじゃない」
「そう言われれば、そうだけど」
「お母さんのツイッター発言を全部解析すれば、その辺のAIでも成り済ませるわ」
「……ということは、今のお母さん、AIだったりして」
「だったら、どうする」
「どうするって、どうにもできないわ。だって、あたしの方だってAIかもしれないんだし。お母さんを心配する良い娘を演じるAI」
「美緒は良い子よ」
「お母さんの知らない、わたしもいる」
「当然でしょ、美緒の知らないお母さんがいたのだから」
「ねえ、お母さん……」
「なあに……」
「あのさ、お母さん……」
「だから何よ」
「いえ、やっぱりいい」
「言いたいことがあるなら言いなさい」
「別に言いたいことなんかありません。あっ、もう休憩時間が終わり。また、かけるわね」
「今日はもういいわよ。じゃあね」
「うん、じゃあね。夜にかけるから」
通話が終わる。
携帯電話やスマホがない時代なら、できない会話か。
いや、あの時代には何処の企業の玄関にもピンク電話がある。
出先で何度も利用させてもらったものだ。
今では見かけなくなったが蕎麦屋や大衆食堂、それに煙草屋の店先に必ずあった記憶が鮮明。
今では、その煙草屋自体が少なくなっている。
代わりに自動販売機は増えた気がするが……。
もっともわたしがタバコを吸わなから、そう思うだけで、案外当時と数が変わらないのかもしれない。
調べてみるとピンク電話の正式名称は『特殊簡易公衆電話』というらしい。
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