3 帰宅

3/4
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
「尾瀬康裕さんという、三十年前にお母さんの恋人だった人よ。その後振られて、お母さんはお父さんと結婚したの」 「でも何故、今頃……」 「少し前に、お母さん、お友だちのお葬式に行ったでしょう。あのとき亡くなったのは尾瀬さんの奥さんなのよ。その奥さんに引き合わされて……」 「複雑な事情なのね」 「佳代子さんも気持ちの逃げ場がなかったんだわ」 「それで死んだの」 「さあ、それは永遠の謎。……ところで美緒の方に、お父さんから連絡はないかな」 「あたしにはないわ。壮太にはあったみたいだけど。でも壮太がわたしに言わないから」 「まったく何を考えているんでしょうね、お父さんは……」 「お母さん、お父さんのことを何でも分かるって言ってなかったっけ」 「二人とも変わったのよ。だけど一度は話さないと」 「そうね。壮太にカマをかけてみるかな」 「あんたたちの夫婦仲を拗らせないでよ」 「たぶん大丈夫。でも……」 「なあに」 「お母さんも女だったって」 「女は若くても年寄りでも女ですよ」 「お母さんの口から、そんな言葉が出てくるなんて」 「お父さんとの三十年が消ただけ」 「そんなに簡単なこと……」 「美緒には経験して欲しくはないけど、経験すればわかりますよ」 「そう」 「ところで、もう大丈夫だから美緒は仕事に行ってよ。このご時世、休みが続くと首になるから」 「大丈夫。そんなにブラックな企業じゃないから。有給だって十分残ってるし」 「そんなこと言ったって、仕事には相手があるでしょう、迷惑よ」 「そこはね。でも、お母さんの方が大切だから」 「……」 「お母さん……」 「ありがとう。ごめんね、悪いお母さんで。しかも歳を取ってから」 「謝るなら、あたしじゃなくて、お父さんにでしょ」 「お父さんには謝るわ。でも居場所がわからないと。お母さん、お父さんのことが心配なのよ」 「それは、わたしも……」 「ところでさ、美緒。仮にお母さんとお父さんの立場が逆だったら、美緒はお父さんのことを応援した……」 「そんなの、わからないわよ。事情による」 「そう。では何故、今回はお母さんの味方をしたの」 「あたしはお母さんの味方をしているんじゃなくて、単にお母さんの身体が心配なだけ。それにお父さんは男でしょ。会社を定年退職したとはいえ、週に三日は顧問をしてる。結構忙しい。でも、お母さんには会社がない」
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!