186人が本棚に入れています
本棚に追加
明日に備えて体を十分にケアすることと、あとは簡単な連絡事項を伝え、ミーティングは終了した。
もし明日負ければ、三年が抜けて部員の数も減ってしまうのだろう。
襟につかないくらいの短い髪の毛を手ぐしで整え、夏奈はその上から練習用の帽子を被った。
解散を命じられているが、帰る三年はいないようだった。方々で、自主練習は何をするかという話し声や、後輩に手伝わせるための誘い文句が飛び交っている。
女子である夏奈に、その声がかかることはない。思春期だからなのか、変に勘繰られないように、こういったとき夏奈を練習に誘おうという先輩はほとんどいなかった。
帰るもよし、残って練習してもいい。
背番号こそもらえていないが、実力はレギュラークラスだと夏奈は自負している。背番号の有無で絶対の格差ができてしまうが、卑屈になることはないのだ。誰にも構うことなく、練習すればいい。
どうして女の子なのに野球をやるのかと訊かれ、いつも曖昧に答えていた。
確かに、マネージャーか、もしくは女子ソフトボール部へ入部するのが普通なのだろう。
――もう十年近く前になる。夏奈の頭の隅に残って離れない光景があった。
夕暮れ時、オレンジ色に染まる兄ともう一人の少年。一人が投げ、もう一人がボールを打つ。おおよそ野球とはほど遠いものだった。当時、野球のやの字も知らない夏奈にも、二人のやっている『野球』が楽しいものだということが伝わってきた。薄暗くなってボールが見えなくなっても二人はやめなかった。
野球の中で『勝負』という事柄を抜きだしたのが、二人のしているそれだった。
そんなにあれは楽しいものなのだろうか。
たったそれだけのことに、幼い夏奈の胸はときめいた。
その想いが胸にある限り、マネージャーはしない。ソフトボールも違う。やっぱり野球でないと駄目なのだ。
最初のコメントを投稿しよう!