186人が本棚に入れています
本棚に追加
三百球ほど入っているケースを智樹が運んでくる。
グラウンドでは、思い思いの練習をする三年と手伝う後輩の姿がちらほらと見える。
智樹が左打席でバットを構えた。夏奈はケースをまたぎ、やや離れた場所からボールをトスした。
キン、と金属バット特有の高い音が響き、打球がネットに吸い込まれていった。
「なあ」
「なに」
打球の勢いで一瞬膨らんだネットがしぼんでいく。
「シロに声かけてやれよ?」
城崎のことだ。智樹はクラスも同じで、昼食もほぼ毎日一緒に食べるくらい仲が良いらしい。
「なんで?」
「なんでって」
口をつぐんだ智樹は、一度バットを肩に預け袖で額の汗を拭った。言わんとしていることはわかる。視線から逃げるように、夏奈は手にした硬球に目を落とした。
赤い糸がほつれた粗末なもの、普通のものより重くなってしまったもの、傷がついているもの――いずれももうほとんど使われないボールだ。
自分はどのボールだろうとふと思った。
ちゃんと縫われているし、肩や肘に負担のないちゃんとした重さのはずだ。もちろん傷なんてない。
最初のコメントを投稿しよう!