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鷹に攫われて
1.
私の住むアパートの隣には、とてもダメな人が住んでいた。
「あ」
どのくらいダメかというと、わざと出来立てのカレーを部屋の外に出しておくと絶対と言っていいほどの確率で釣れるレベルのダメさだった。
「なにしてるんですか? おじさん?」
「あ、いや、ええっとぉ、これはその」
まだ四十代なのに頭も顎髭も真っ白で、毎日アパートの前を通る女子高生を眺めて酒を飲むのが日課。表情も心もたるみきった割には身体だけは引き締まっている。
「それ、殺鼠剤入ってますよ?」
「ほわぁっ!?」
「……冗談です」
そんなダメな無職のおじさんを、どうして好きになったんだろう。
私は自分自身の気持ちを理解しきれていないまま、彼を部屋に招き入れ作り置きのカレーを温め直した。
「カレー、か」
目が覚めて。夢の内容に苦笑する。あれははじめてあの人に食事を振る舞った時の記憶だった。過去の事を夢で何度も見るなんて、どれだけ自分はあんなダメ人間を好きなのか。恥ずかしくて死にたくなる。
けれど、そんな温かい気持ちも温もりもすぐに冷めていく。崩れ去った秩序。消え去った平和。荒廃した街が、今日も私を出迎えた。
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