プロローグ

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 白みだした夜空を眺めて私は思う。これはきっと罰なのだ。そう。怠惰と惰性に身を任せて生きてきた、私達人間に下された大きな罰なんだと。 「綺麗だね。日の出前の空って、なんか好き」  校舎の屋上の固い床を背中に感じ、隣に横たわった彼にいう。こんな風に空を見るのはいつ振りだろう。アメジスト色に染められた空と乳白色の柔らかな雲。綿菓子みたいにふわふわでおいしそう。 「ああ。綺麗だな。こんだけ綺麗だと、なんか今起きてることが嘘みてぇに思うよ」  腕に、脇腹に、太腿に、いくつもの咬み傷をつくった彼が涙まじりの声でいう。朝とはいえ真夏の気温は高めなのに、繋いだ手のひらは悲しくなるほどに冷たい。流れ出た血液が、私の手のひらを濡らしていく。 「咲。ひとつ、聞いてもいいか」  浅い呼吸を繰り返して、それでも気丈な声で彼は聞く。私はそれに頷いて、彼の紡ぐ一言一言に耳を傾けた。 「おまえ、なんで俺なんかと付き合ってくれたんだ?」 「……なんでだろ。特にかっこいいわけでも頭がいいわけでもないのにね。どうしてかな」  そんな私の言葉に力のない苦笑を漏らす。優しげな表情。調子のいい性格。怒ると子犬のようにしょんぼりする可愛いところ。その全てが好きだ。けど、それは彼と付き合ってから知ったもの。付き合うきっかけはなんだったか。私は遠い過去の記憶を手繰り寄せ、あぁ、そうだ。と呟いた。 「はじめて会ったとき。きみ、階段で転んで笑わせてくれたでしょう。ほら、入学式の日」 「え、ぁ、ああ……あったっけ、そんなこと」  絶対に覚えてるくせに忘れたふりをする。二年前の入学式。新しい教室に一番乗りしようと早起きした私は自分以外にもこんな変わり者がいるんだと驚き、階段を二段飛ばしに駆けていく男子生徒にそのあと盛大に笑わせられた。最後の一段を踏み外してごろごろと転げ落ちる様が、漫画みたいで面白かった。 「あの時のあれが印象に残っててね。きみのこと、もっと知りたいって思ったの。恋心かどうかはわからないけど、そんな理由」 「うわぁ。忘れてくれよ、そんなの」 「忘れないよ。絶対に」  繋いだ手のひらをぎゅっと握る。血脂のぬめりと汗の冷たさ。握り返してくる力の弱々しさに涙が出る。私は絶対に忘れない。この人の事も。この人との時間も。全てが大切な思い出だ。忘れられる筈がない。image=501793249.jpg
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