鷹に攫われて

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 パソコンのロックは数十回の失敗を経てようやく開いた。ヤケクソになってめちゃくちゃにキーを叩いたのが奇跡的に当たったらしい。  T168B79W55H80。それがパスワードだったわけだが、その英数字の羅列に私は「ん?」と思う。そしてすぐさまプリント関係をしまっていた勉強机の引き出しをを開いた。 「トップ、バスト、ウェスト、ヒップ……体重……っ」  最近実施された身体測定による健康診断書である。ジャージの上から測った曖昧なものだが、うちの学校は未だにこんなものまで測定していた。  そういえば、あの日も彼は遊びに来て煎餅片手に何かを見ていた気が……!  顔面から火が出そうだった。食生活には気を使っていたから自信がないわけではないが、そういう問題ではない。と、いうより、なんで見るの!?  体重は入れてないからセーフだろ? 当たり前のような口調でそう答えるダメ人間の顔が目に映るようで、恥ずかしさは次第に怒りへ変わった。 「パソコン叩き壊して部屋に火でもつけてやろうかしら」  物騒なことを言いつつもエンターキーを押してデスクトップを立ち上げる。この子に罪はない。機械音痴な私は不慣れな手つきでそっとマウスを動かした。  ゴミ箱と、インターネットブラウザ。他は幾つもの保存ファイル。試しにそれをクリックしてみたがまたも入力窓が出てくる。流石にそれは開けそうになかったし、今度はどんな物がパスワードに使われているのか想像したくなかった。  とにかくいまは関係ない。私は自分に言い聞かせてブラウザを開く。  こんな時でもネット回線が生きているのが不思議だった。一応無線LANは置いているが、口座からはいまも引き落としがされてるのだろうか。だとしたらなかなかシュールなギャグだ。私は「外の状況」「脱出」「避難所」などのキーワードを打ち込み検索ボタンをかける。 「わ」  その数字に思わず声が漏れ、次にホッとする。二千万件近い検索結果がヒットした。  まだ、こんなに生きてる人がいるんだ。  無論そのうちの何割がいまも生きているのかはわからない。よく見れば全く関係のない記事やサイトもある。けれどいまは無機質な液晶の明かりと数字に心救われた。自分はまだひとりじゃないんだと思えた。  そうだ。私だって、生きてるんだもの。あの人だって、きっとどこかで……。  ぽろりと涙がこぼれ落ちる。胸の内で呟いた言葉を、自分自身で信じきれていなかった。
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