鷹に攫われて

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 隣人が掲示板の書き込みにアドレス設定をしていたのだろう。届いたメールには次のような短い文章が記されていた。  いまさら止めはしないけど、ボスには気をつけろよ。ゾンビの中には、明確な意思を持って行動している奴がいる。  差出人の名前はUと一文字。イニシャルだろうか。いや、そんなことよりも。 「意思を、持った?」  頭の中で辞書のページを捲る。ゾンビ。それはもともと意思を持たない人間や存在を揶揄した言葉だ。  ゾンビが意思を持って動いてる。ではそれはゾンビの定義には入らないのでは? とはいえ語源を順繰り当てはめて指摘すればただの言葉狩りになる。ここは敢えてスルーして……明確な意思とは? 俄かには信じがたい。  どうせ送ってくれるならもっと詳しく書いてくれればいいのに。そんな風に口を尖らせたりもしたが、よくよく考えてみればこのメールの差出人は親切な方だ。  秩序が失われ物資が枯渇し、確かな敵が蠢く今の現状で情報は極めて貴重なものと言えた。  それを無償で、何の見返りもなく提示してくれたのだ。これだけでもありがたいと思わなければ。  わざわざありがとうございます。どこまでやれるかわかりませんが、死ぬまでは精一杯生きてみようと思います  もう一度、会いたい人もいるから。  私は書き上げた短い文章を確認して送信をクリックすると今度こそ電源を落としてノートパソコンを閉じた。 「よし……行かなきゃ」  熱を持ったパソコンをバックに詰めて私はそれを背負う。右手には包丁。普段使っていた調理道具が唯一の武器だ。
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