プロローグ

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 目を覚ますと雨が降っていた。  綿菓子みたいなふわふわの雲は泥水を被ったように汚れていて、そこから降り注ぐ大粒の雨が私の体を濡らしている。重く垂れ込む曇天。東の方から遠雷が響く。 「……嫌な天気」  まだぼおっとした頭で空を見上げる。私、いままでなにしてたんだっけ。覚醒前の鈍い思考はまとまりがない。  何か重大なことがあったような気がする。何か大切なものが終わったような気がする。けれどそれがなんだったのか思い出せない。記憶は切れ切れになり、微かに残る断片にすら霞がかかってつかめない。  これが記憶喪失なんてやつだろうか。まさかね。試しに自分の名前を思い出してみる。サヤ? うぅん、サチ? ……サ、キ。そうだ。私はサキ。大丈夫。覚えてる。 苗字も漢字もわからなくなってるけど大丈夫。だってもう学校だってないんだもん。勉強もしなくていいんだ。あれ? なんで学校ないんだっけ? ……あ、そうだ。  思考はまだぼやけたままで夢見心地な気分だが、記憶の一部がうっすらと戻ってくる。ゾンビ。私達はゾンビに追いかけられて、屋上まで逃げて……私達? 「ぅ……くぅ」  不意に締め付けられるような頭痛が私を襲った。まるでそれを思い出すことを拒むように、頭蓋の内側がギリギリと締め付けられる。いたい。いたい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。誰に謝ってるのかもわからずに、濡れた頭を抱えてうずくまる。 痛みが完全に消えるまでにどれくらいかかったのか。そこまで長い時間は経っていなかったと思うが今は己の感覚が宛てにならない。おずおずと頭を起こし荒く呼吸を繰り返す。その時、背後でいくつもの気配と物音が聞こえた。
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