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真上から照りつける太陽がグラウンド上の空気を熱で満たしていく。海からの湿った風が太陽の熱を和らげる様に三塁側から吹き抜ける。
アルプススタンドからの応援が球場全体に響き渡る。人々の熱気が、応援団の声が、吹奏楽部の音楽が、注ぎ込まれ、混ざり合い、一つの巨大な風船の様に膨らんでいく。
風に流された雲が太陽の光を遮り、ネクストバッターズサークルで待機している俺の影をほんの少しだけぼやけさせた。
「キィンッ」
小気味好い音が響き、スタンドがどよめく。人々の視線が小さな白いボールの行方に注がれる。
ボールはショートのグラブをすり抜け、左中間を突き破り、転がっていく。
打った安田は一塁を蹴り、二塁で止まった。大きく右手を上げ、ガッツポーズを見せる。
アルプススタンドは膨らみ続けた風船を破裂させるかの様に沸き立った。閉じ込められていたすべての熱を、音を、願いを、爆発させる。
「六番、キャッチャー、藤倉くん」
未だに耳慣れない独特のイントネーションで名前が呼ばれる。俺はゆっくりと立ち上がって、バッターボックスへ向かう。
アルプススタンドから聞こえる応援曲が変わる。俺は三塁側のアルプススタンドを見上げた。
探そうとは思ってない。確かめようとも思わない。
ひかりは、この場所にいる。それだけは分かっているから。
白いシャツで溢れる生徒たちの波に紛れることなく、水色のスカーフを風で揺らし、セーラー服を着たひかりが一人、両手を握りしめて、祈る様に見つめている姿がはっきりと浮かぶ。
俺の視界の端で、小さな白い影がスタンドの上に広がる青空を突き進んでいく。
「飛行機、か。」
俺は小さく口の中で呟くと、ほとんど線が消えかけてしまっているバッターボックスに足を踏み入れる。
スタンスを確かめ、両足で地面を踏みしめる。
一つ息を吐いてから、バットを構え、ピッチャーに顔を向ける。
九回表、ツーアウト、点差は一点。ここで追いつけなければ、この試合は終わってしまう。
俺は小さく息を吸い込み、睨む様にピッチャーの姿を見つめる。
まだ、終わらせたくない。
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