63ー4

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   小野田の調子は良すぎるくらいに良かった。  今までで一番と言っていいほどのスピード。いつもと変わらない安定したコントロール。何よりも球威がこれまでとはまるで違った。小野田はまさに「ギアを上げる」という言葉を体現してみせたのだ。……だけど、それは、どこにも影響が出ないわけでは決してなかった。いつもとは比べ物にならないほどの負荷が、体にはかかっていたのだ。  きっと猫田監督もそれを心配していたのだろう。  この回が始まる直前、チャンスで回ってきた安田が三振に倒れた時、猫田監督は俺に聞いたのだ。「小野田に何か違和感はないか?」と。だけど、この試合ですっかり小野田の投球に魅せられてしまっていた俺は、この質問の意図を理解出来ていなかった。  だから、俺は自分の興奮を隠しきれずに答えた。 「違和感というか別人みたいに感じます!こんなボール初めてなので」  俺の答えに猫田監督は、少し眉根を寄せ、「そうか」と小さく言っただけだった。  この時にもっと猫田監督の言葉を考えていたなら……いや、もっと前からちゃんと小野田自身を気にしていれば……わかったはずだ。誰よりも先に俺が、一番近くにいた俺が、キャッチャーである俺が、気づかなければいけなかったのだから。
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