一話 ぼくが巫女さんに

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「どうぞ」  ヒロがお茶をくばると、恵子はすぐに口をつけた。 「お、ちょっと苦くてうまいな」  ずずいと音を立てて飲み、にかっと笑った。  どうやら、恵子にお茶を出すときには、少し急須を揺すってからいれるといいらしい。  このことは神歩も知らなかったらしく、ヒロと目があうと、軽く苦笑した。 「さ、ふたりとも、遠慮せず食べてくれ」  恵子が買ってきたお茶菓子のふたをぱかっと開けるなり、神歩は歓声をあげた。 「あっ、赤福だ! 私、これ大好きなんです!」  きめ細やかなあんこが波打つ、とてもやわらかそうなお餅が、いくつも並んでいる。  神歩は、どうやら甘いものには目がないらしく、すっと手を伸ばすと、専用の木べらでお餅をはがして、自分の皿におくと同時に、黒文字(和菓子を食べるときに使う、クスノキで作られたフォークのようなもの)でぷすっとさして、あむっとほおばった。  至福の笑みをうかべている神歩は、はっと気がつくと、口元を押さえて照れくさそうにした。 「私ったら、ごめんなさい! こんなはしたないまねをして。自分のことなんかより、先にふたりにお取りするべきなのに」 「くくっ、別にいいさ。そんだけ眼の色を変えて食ってくれるんなら、遠出した価値があるってもんさ」  恵子は楽しそうに笑い、ずずっとお茶をすすった。  ヒロは、恵子の皿にお餅を取ってあげながら、たずねた。 「恵子さん。これを買うために、わざわざ船で本土に行ったんですか」 「いいや。船なんか使わなくても、ちょっと線を走らせれば、どこにだって行けるさ」  恵子は、ありがとうと言いながら、皿を受け取った。 「線、ですか?」 「ま、気にすんな。神さまだから、いろいろとできんだよ」  にかっと笑い、あむっとお餅をほおばっている。 「うーん、そういうものなんですか」 (誰も使っていなかったこの神社に、水道やガスや電気が通っているのも、そういうものなのかもしれないな)  なんとなく、そう思った。  ふと、神歩と視線があう。  神歩は、すでに四個目に手を出していて、恥ずかしそうに、てへっと笑った。
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