一話 ぼくが巫女さんに

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「ほう! ようきたようきた!」  ごく平凡な一軒家の扉を叩くなり、じいちゃんが飛び出てきた。  まるで、待ち構えていたかのような速さに、ヒロはびくっとした。 「じ、じいちゃん。ひさしぶり……」  ヒロは、大きな声でわめきながら頭をなでてくるじいちゃんに、うろたえながら挨拶をする。 「ほう、ヒロかえ。ようひとりでこれたなぁ」  奥からばあちゃんが出てきた。  母親に無理やり行かされました、とはさすがに言えない。 「夏休み中、ずっとこっちにいるんだろう?」  じいちゃんが歯をみせて笑う。不意に、2080運動(八十歳で二十本以上の歯を残そう、という運動)のことが頭にうかび、へえ、と思った。 「うん、ずっとこっちにいるよ。お母さんは夢奈の世話でこれないけど、よろしくって言ってた。あと、おじさんもよろしくって」  正直なところ、なにをよろしくなのか、ぜんぜんわからなかったけど、とりあえず、言われた通りのことを伝えた。 「そうかそうか。んで、夢奈ちゃんは元気かい?」  そう聞かれて、 「元気だよ。毎日毎日ぴーぴー泣いて、うるさくて仕方ないよ」  と答えた。  それを聞いたじいちゃんとばあちゃんは、顔中のしわをくしゃっとさせて、目を細めて喜んだ。 (まったく、みんなして夢奈夢奈って、妹のことばっかり……)  今頃、母親は夢奈にべったりなんだろうな、そう思うと、なんだか胸がもやもやとした。 「そんなことより、ぼく、お腹すいちゃったよ」  ずっと夢奈のことを考えていたのだろう。じいちゃんとばあちゃんははっとして、ヒロに視線を戻した。 「ああ、ごめんね。そうめんでいいかい?」  ばあちゃんが言う。  またそうめんだ。家では夢奈がぐずりだすと、決まってそうめんだった。  こんなにいそがしくて、ご飯の支度なんてできないわよ、とは母親の言い分。  ふりかけをかけてみたり、みそ汁の残りに入れて食べてみたりと工夫してみたのだが、さすがにあきた。ちなみに、めんつゆと似てるから、コーラで食べてみたけれど、すごくまずかった。 「別にいいよ。そうめんで」  文句を言ったところで、どうせそうめんしかないのだろう。  なにせこの島は、びっくりすることに、じいちゃんとばあちゃんしか住んでいないので、コンビニなんて便利なものはないのだ。
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