0人が本棚に入れています
本棚に追加
/85ページ
一話 ぼくが巫女さんに
小学五年生の美島(みしま)広夢(ひろむ)は、ひとりで海の上にいる。
というのも、おじさんの船に乗り、じいちゃんとばあちゃんが暮らす島にむかっているからだ。
「はぁ……」
夏休みが始まったばかりだというのに、ヒロ(広夢のあだ名)の気分は暗かった。
海のむこう、両親がいるであろう方角に目をむけては、ため息ばかりついている。
「赤ちゃんの世話があるからって、家を追い出すんだもんなぁ……」
ヒロはもうひとつため息をつきながら、今朝の母親との会話を頭にうかべた。
「夢奈(ゆめな)の面倒を見るのにいそがしいから、ひとりで田舎のじいちゃんちに行ってきて」
夢奈とは、三ヶ月前に生まれたばかりのヒロの妹だ。
「は? なにそれ。だいいち、ぼくはひとりでなんか行けないよ」
「だいじょうぶ。おじさんに頼んであるから」
そういう問題ではない。
ヒロは生まれてからずっと、ひとりで遠出をしたことがない。
学校の休み時間には、教室でぼーっとしているようなタイプなので、友達と一緒に出かけたこともない。というより、はっきり言って、ただのひとりも、友達がいない。
そんなヒロに、たったひとりで行け、と母親はこう言っている。
鬼か? ヒロは思った。
あれこれと反論してみたものの、まるで相手にされなかった。
お兄ちゃんになったんだから、だいじょうぶ。もう小学五年生になったんだから、だいじょうぶ――。
まただ。なにかというと、すぐに「だいじょうぶ」という言葉が返ってくる。
おもしろくない。母親は生まれたばかりの妹に夢中で、ヒロのことなんか、まるで相手にしてくれないのだ。
少しでも気をひこうと、困らせるようなことを言ったり、いたずらしてみたりした。
たぶん、それがいけなかった。夏休みになってすぐ、じいちゃんちに島流しされたのは。
そうこうしているうちに、じいちゃんちがある美島(みしま)が見えてきた。
ヒロは、もうなん度目になるかわからないため息を、大きくはいた。
最初のコメントを投稿しよう!