メザメル。

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ゴクリ。生唾を飲み込んで手を強く握る。一歩足を出すのが恐ろしく感じた。マフィア擬きで凄みが効いていたが、眼光が、風貌が、佇まいが、畏怖の念を抱かさずにはいられない。足が前に出ないのだ。恐怖と焦りで硬直する私。どうしよう。判断力も落ち頭が真っ白になった時、追い風が身体を押した。潮の香りがツンと鼻につく。 「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」 「ありがとう」 扉を開けて私を入れてくれる彼に礼を言う。一歩踏み入れて空気が変わる。やはり船内のほうが温かい。海の夜風は冷めたくて、侘しくて、空恐ろしい。だから彼が面妖に思えたのかもしれない。見様によってはマフィアにもバーテンダーにもダンサーにも紳士にも見えなくは、 「こちらの部屋になります」 遮られた。ずっと私を先導ししていた彼が一つの部屋の前で止まった。一つ私に笑みを見せ扉を引く。六畳ほどの室内にテーブルが窓辺に一つ。対面する様に椅子が二つ。彼は右側に窓がある奥の椅子を引いてくれて、お礼を言って私は座る。ベストのポケットからジッポライターを出しテーブルのランプに火を灯す。通路のランタンと窓から入る月明かりしかなかった部屋がぼーっと明るくなった。一つ礼をし扉を閉めて彼は出ていく。
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