塔のある街

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  〈01〉  ブラウスの袖の先端を口で軽く咥え、肩のあたりまで持ち上げる。そして肘のあたりを一度クリップで留めて口を開けて袖を離す。すると肘から下で袖が三つ折りのような状態になるので、クリップのすぐ下をこの部屋で見つけた銀色の髪留めを使って留める。これで無駄な袖をまとめることができた。 「お前はいつもそうやって、袖を留めていたんだな」  ドアの方から聞こえた声。少し低い、眠くなるような声。姿見から目を離しドアの方を見ると、この家の家主である彼が立っていた。 「いたなら声掛けてよ。人の着替えを盗み見するなんて」 「戸を中途半端に開けておくのが悪い。それに、その右袖のことはお前に会った時から気になっていた」  ここに来てから初めて右手のことを言及された気がする。この人はただの無口な人ではないようだ。  私の右腕は、肘の少し上から先がない。 「気になっていたなら聞けばよかったのに。やっぱりあなたは変な人だ」 「お前にだけは変人呼ばわりされたくない。朝食ができた。食べよう」  そう言って彼はドアから離れていく。板張りの床を踏む音が聞こえる。 「イリアス」  少しだけ声を張って彼を呼び止めた。彼は返事をしなかったが、足音が止まった。 「朝食のメニューは?」 「目玉焼きとサラダ、それと、お前が好きと言っていたクロワッサンだ」 「やった。今行く」  肩にストールを巻いて部屋を出た。私がこの街に来てから、四度目の朝のことである。  
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