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「……わからない」
「そっか、じゃあ、ちゃんと思い出さないとね。来訪者にとってトラウマというのは、その人の形その物だからね」
「どういうこと?」
「私たち来訪者はこの世界に来てしまったように、もといた世界に戻ることができるの。その戻る条件っていうのが、体に現れた数字がゼロになる前に自分のトラウマを克服することなの」
ものと世界に戻る。その発想は正直なかった。この世界に迷い込んで、この世界での生活が一生続くものだとばかり思っていた。それも、その条件がトラウマを克服することだなんて。
「サキちゃんはもとの世界に戻りたい?」
「……わからない」
「……そっか」
私は、自分のことをあまりに理解していない。
「……シイナは、もとの世界に戻りたい?」
「んー、戻りたいけれど、私は戻れないの。私は自分のトラウマを克服できないから」
彼女のトラウマとはなんだろう。とても気になったが、おそらくあまり聞いてはいけないことなのだろう。私は黙っていることにした。
シイナは寂しそうに笑ってから、話を変えようかと言った。
「話を変えようか。次は来訪者のこの街での暮らしについて。
イリアスから少しは聞いているかな? 来訪者はこの街に来てすぐは知り合いが誰もいない、天涯孤独の身なの。だから、私やイリアスのようなすでにここに住んでいる者は、新しい来訪者に人との関わりを作ってあげる習慣があって、このお話はそういう意味が込められているの。
そして来訪者はこの街に慣れるまでは、最初に現れた家に過ごす決まりになってるの。その方が何かと都合がいいから。この街に慣れたら、私のように店を構えたり、何かの職場に勤めたりすることができる。まあ、住人と同じ生活ができるってことね」
なるほど。この説明はイリアスでは意味がないと言ったのはそういうことか。
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