S氏の憤懣

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 S氏はでっぷり突き出たお腹を揺すりながら、ようやく最後の一袋を荷台に積み込んだ。  本部から届いた荷物を地区ごとに仕分けるのに一週間。それらを袋詰めするためにさらに一週間。ようやく配送の準備が整ったのだ。  蓄えたあごひげの先から汗が滴り落ちる。触れるとひげはじっとりと湿っていた。 「一体いつまでここにいなきゃならないんだ……」  彼がオーストラリアに赴任してからもう5年になる。当初からこの暑さに嫌気がさし、転属願いを出してはいるものの、それが聞き入れられる様子はなかった。 「だいたいこの制服も悪いんだ」  言いながら、汗ばむ体にまとわりついた布地をつまんだ。彼の仕事は制服の着用が義務付けられている。本部の所在地が北方の国ということもあり、そのデザインは防寒着としての役割も兼ねていた。それは真夏の装束としては過酷なもので、前任者はたまりかねてそれを脱ぎ捨て、Tシャツ一枚で仕事をしていたそうだ。ところが、それが本部にばれてクビを言い渡されたと聞かされたS氏に出来るのは愚痴をこぼすことくらいだった。  こうなったらどこだっていい。南半球以外の国ならたとえイスラム国でも……と考えて自嘲の笑みを浮かべる。そこは唯一彼らの支部のない土地だということを思い出したからだ。 「いっそのこと、夏なんてなくなればいいのに」  思わずやけになって叫んでいた。その直後、彼の携帯が震えた。見れば本部からの着信だった。 「たった今、内示が出たよ。君の転属願いが受理されて、来年からは希望通り北半球の勤務になりそうだぞ」  上司の言葉にS氏は飛び上がらんばかりに喜んだ。丁寧に礼を言ってから電話を切ると、たった今荷物を積み込んだばかりのソリの御者台に乗り込んだ。 「やったぞ。これでこのくそ暑いクリスマスともお別れだ」  嬉々とした表情でトナカイに鞭を入れた。鈴の音を響かせながら、彼とたくさんの荷物を載せたソリは聖夜の空へと舞い上がった。    一年後。  新しい勤務地で一仕事を終えたS氏は、汗でぐしょ濡れになった帽子をはぎ取ると、苛立たしげに投げ捨てた。 「くそっ。こんなに暑いなら、冬もなくなりゃいいんだ」  そこはマレーシア。北半球とは言え赤道に程近いその国は12月でも暑かった。
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