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行こう、と。
旭が早川の腕を引いて、オレの方なんて見もせずにどこかへ消えて。
オレは、その後ろ姿を見送ることも出来なかった。
ただ、緊張の糸が切れたみたいに後から後から涙が溢れ出て。
こんな顔、誰かに見せられるはずもなくて、賑わう祭り会場に背を向けて歩き出す。
背中から聞こえる賑やかな音が、何もかもを奪われて空っぽになったオレの頭の中に、痛いほど響く。
恋を素直に認めて、照れ臭くもぶっきらぼうに好きだと告げて。
ごめん、なんて謝られて。
冗談だっつの、なんて涙を堪えて笑ったり。
そうしてほんの少し泣いて、恋を終わらせてやれたなら。
もう少しくらい、この胸の痛みは軽かったのだろうか。
惨めにも他人に破られて終わった恋の、後味の苦さを噛み締めて歩く。
散々だ。
早川なんかに惑わされて、嫉妬に操られて。旭の鼻を明かすどころか、早川が旭のものなんだとわざわざ見せつけられて。
本当に、散々なのに。
どこかでホッとしている自分がいるのも事実だ。
むちゃくちゃにしてやるつもりだった。浴衣を剥いで、肌にむしゃぶりついて。恐らくは誰も触れていないであろう奥を侵して。幼い顔に似合わない凛と澄んだ目を、白く濁った欲に染めてやるつもりだったのに。
優しくて柔らかくて無防備に信頼しきって笑っていた、あの表情を。
失わずに済んだことに、酷く安心しているのもまた事実で。
あぁ、本当に。
本当に好きだったんだと、今さら素直に認めて泣き笑う。
いつか。
いつの日か。
もしも。
この想いを、儚くほろ苦く思い出す時がきたとして。
そうしたなら多分、オレの醜くて弱い心が描いた妄想を止めてくれた旭に、感謝したりするのだと思う。
熱い息を1つ吐き出したら、ぐい、と顔を拭う。
夏休み中で良かった。
さすがに今日の明日で早川や旭とマトモに顔を会わせる自信はない。
うんと伸びをして、大きく息を吐き出したら。
「──うし」
帰るべ。
いつも通りに笑って、自分に言い聞かせるみたいに呟いた。
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