55.内股膏薬 五陰盛苦 英雄:続

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遠藤快は深くため息をつく。目の前の男に何度ため息をついてきただろうか。生まれる時も、幼い時にも、今でさえそこまで記憶にいない。しかし彼は紛れもなく父親である。 遠藤の隣に伊津野晃が立つ。だが伊津野は空間支配の能力を解いて後ろに下がった。 「ここは遠藤君一人に任せた方が良い?」 「そんなこと言ってる場合じゃないですよ。こいつを早く殺して零を止めなきゃいけない。」 「でも、今の遠藤君に手出しすると殺されそうだからさ。」 伊津野は遠藤を見る。遠藤の眼は父親を睨んでいたが同様に安堵しているようにも思えた。 「よく分かってるな。伊津野さん。少しだけ時間をください。直ぐに終わらせます。」 「問題ないよ。その間に残りの敵の数を確認しておくよ。」 伊津野は部屋の隅に座って千里眼の能力で校舎の中を確認する。すると、医務室にて興味深い戦いを見つけた。 医務室では笠松創が片桐暦の前に立ち、自分の父親を見ていた。父である笠松終は息子の両手を覆っている黒い手袋を見る。 「それは、立石から貰ったのか。」 「うん。父さんの形見だと思って使っているよ。」 「そうか。こうして生きた状態で私の形見だと言われると、少し悲しいな。」 笠松は父親の形見に視線を落として声のトーンを落としながら話す。 「父さん。今、父さんは僕の前にいるよ。でもね、それが『真実』なんだ。『真』って字は昔は『眞』と書くんだ。これには死者という意味がある。昔は生体こそ仮の姿、死してこそ真の姿になると思われていたみたいなんだ。」 「なら今の私は真の姿ということか。しかしそれにも様々な説があるだろう。」 「そうだね。でも僕はそんなこと言ってる真の姿が死者なんて思わないよ。生きてこそ、現世を動かすんだから。」 笠松は父親へ構える。終もまた能力を創り始めていた。 「殺すよ、父さん。」 「創がどこまで強くなったか、私に教えてくれ。」 二組の親子喧嘩は早々に幕を閉じる。しかしその時間を妨げられる人間は存在しなかった。
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