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二十代半ば。活力は充実し、多くのことに手を伸ばせるようになる歳を迎えた男が、ブルーのスーツに綺麗に折り目を付けるように頭を下げた。
「宮下社長、お呼びでしょうか」
凛々しい美形の顔に緊張を滲ませて、高居祐樹が顔を上げる。
社長と呼ばれた宮下治夫が横柄に頷く。ワイシャツとジャケットが、四十代の後半に至るまで丹念に育ててきた腹の形を伝えるように膨らんでいた。
「高居くん。相談したいことがあってね」
畏まって立つ高居を一瞥して、手を後ろで組んだままに宮下が続ける。威厳を意識したような声音がわざとらしい。
「社名をTMM運輸に変えようと思うのだが」
「は? 我が社の社名、津田南運輸を変更するということですか?」
遠い目をして神妙に言う宮下に対して、言われた事をちゃんと飲み込むために高居が尋ね返す。宮下が「そうだ」と頷く。慌てた高居が困惑を露わにして、頭を抱えた。
「なんで急に社名変更なんて、誰かに相談はされましたか」
「いや昨日の夜に決めたのでね。君が初めてだ」
宮下が高居に向き直る。高居が、あからさまな溜息をついた。
「津田、南、宮下で、TMMということですよね。歴代社長の名前が並んだ社名にご自分の名前も入れられると」
高居の指摘に、アゴの肉を揺らして宮下が小刻みに首を振って頷く。
「そ、そうそう。その通りだ。さすが、高居君は察しが良いな。どうだろうか?」
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