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夏の初めに転校生が来た、というのがその年一番のニュースだった。
転校生なんて今まで聞いたこともなかっただけに、私のクラスだけでなく学校全体の話題の的になった。彼の名は、来栖聡志(くるす さとし)。本と宇宙の好きな静かな人だった。
「すみません、この本いくらですか?」
町に一軒だけある本屋はひどく古びていて、年季の入った紙と木造の平屋の匂いが混在している。それが、私、青木裕理(あおき ゆうり)の家だった。
「はーい」
両親の手伝いでよく店に出ていた私は、そんな声に店先へ出ていくと聡志の姿が目に入った。
彼は、私の姿を見てもこれといった反応もせずに本を差し出した。
「あー…これはですね」
そう言いながら置いてあった本棚を確認して、私は金額を伝える。すぐさま彼はポケットからお金を出すと、嬉しそうに本を抱えていた。
「来栖君、この町は息苦しくない?」
どう見ても内気そうな彼にとって、無駄に注目されてしまうこの町の環境はきっと生きづらい場所だろうと思っていた。
「…本があれば大丈夫だと思う。青木さんの家、本屋だったんだね」
彼は静かに笑っていた。たぶん、彼の笑顔を見たのは、これが初めてだった。
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