向日葵のなくころ

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 帰宅するとさっそく準備にとりかかった。  女の一人暮らしなので戸締まりをしっかりして、まずは花を飾ろうと思った。  ベランダに出ると、そこには海帆が育てたミニヒマワリが行儀よく並んで咲いている。  賃貸マンションの狭いベランダなので、プランターで育てているが、海帆が丹精したおかげでミニチュアの向日葵畑といった風情だった。  惜しみなく切り取って、ガラス製の花瓶に生ける。  ーーこれは、『彼』が好きだった花。  次に調理を始める。といっても、買ってきた肉に胡椒を振って下ごしらえしたものを、焼肉のタレに漬け込んで焼いただけだった。  野菜も大雑把に切って軽く炒めただけ。米も二合ほど炊く。  ーーこれは、『彼』が好きだと言った料理。  テーブルの上にお菓子を広げる。ポテトチップスやチョコレート菓子。買ってきたハンバーガーもレンジであっためて包み紙のままで並べる。  ーーこれも、『彼』の好物。  最後は前日に焼いておいたクッキーだ。レースペーパーの上にハートや星の形をした少しいびつなクッキーを盛りつける。  ーーこれは、  初めてのバレンタインで、『彼』に作ってあげたもの。  準備ができた。  窓の外はすっかり日が暮れて、セミの鳴き声もおさまっていた。  テーブルに二人分の食器と食べ物をセッティングした海帆は、エプロンをとり、腰を下ろした。  もうすぐ『彼』がやってくる。  けれど玄関からは来ない。  目を瞑り、海帆は耳をそばだたせた。  カタン、と椅子が引かれる音と、誰かが座る気配がした。  海帆はゆっくりと目を開ける。  一年ぶりに目にする笑顔が、そこにあった。 「……湊一(そういち)」  茶色い猫っ毛の髪、くっきりとした二重の目、優しくほころんだ口元。  高校の制服を着ているその少年に、海帆は呼びかけた。 「海帆、久しぶり」  『彼』ーー湊一は、十年前とまったく変わらない笑顔で海帆の名前を呼んだ。
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