祭りの夜に

2/9
前へ
/9ページ
次へ
 もっと速く、誰よりも速く泳ぎたい。あたしはそう思って一日一日を過ごしてきた。  あたしが育ったのは四方を壁に塞がれた小さな世界。大勢の兄弟姉妹と一緒だった。  小さかった頃は、皆、一日中泳ぎ回っていた。食べ物を探し、世界を探検するため、水面近くから水苔に覆われた水底まで、あたりを見回し、水の匂いをかぎ分けながら、一生懸命泳いでいた。  だけど、だんだんわかってきた。この世界を囲む壁には抜け道なんて無いこと。そして、決まった時間に人間がやってきて、水面に食べ物を置いていくこと。それに気付いた兄弟姉妹の多くは泳ぎ回ることをやめてしまった。水底近くでじっとして過ごし、水面に食べ物が現れたら浮き上がってそれを食べる。食べ尽くしたら、また水底に戻って行く。  あたしは違った。あたしは泳ぐのが好きだった。誰よりも速く泳げ、誰よりも高く跳ねられることが誇らしかった。  朝から晩まで泳ぎ続けた。この世界の端から端まで、壁に達したら折り返して泳いだ。速度を上げてジャンプし、空中へ跳び上がれるようになった。  食事の仕方もみんなとは違った。人間が食べ物をまいたら、誰よりも早く駆けつけ、浮いている食べ物の真ん中を突っ切る。食べ物を口いっぱいに収め、ほかの兄弟たちが上がってくる頃にはさっさと引き上げていた。  もう一つ違ったのは、頭の上を飛び回るツバクロたちと話をするようになったこと。ひとしきり飛び回った後、空中に張られた黒い綱に止まって休憩する彼らからいろんな話を聞いた。  彼らは南の国から長い距離を飛んできたと言った。この土地で子供を育て、秋になったら南に帰って行くと言う。  彼らによると、この世界は小さな池に過ぎないそうだ。旅の途中で大きな川や湖、海を見たと言った。海には巨大な波が立ち、その波から波へ跳び移る魚を見たそうだ。  あたしが、自分も波立つ海で泳いでみたいと言ったらツバクロたちはキュキュと笑った。海や川の魚はおまえよりも十倍も二十倍も大きい、そんなちっぽけな体では無理と言われた。  さんざん笑われたあたしは、もっと大きくなることを心に決めた。そのためにはたくさん食べなくっちゃ。食べ物が現れたら、一度だけでなく、二度三度横切って食べるようにした。  すると体は少しずつ大きくなり、一かきで進める距離が伸び、より速く泳げるようになっていった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加