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「でもね……」
お姐さんはゆっくりと言葉をつづけた。
「ここで暮らすうちに、人間が話すのを聞いたことがあるわ。年に一度の祭りの夜には世界を隔てる壁が薄くなる、強い思いを持つものは壁を超えることができると」
あたしはお姐さんの言葉を理解しようと懸命に考えた
「じゃあ……、あたしも、思いが強ければそこに行くことができるの?」
「だから、わかんないわよ。でも……」
お姐さんは目を上に向けた。
「迷う時間は無いみたいよ」
あたしも上を見上げた。女の子がこちらをのぞき込むのをやめ、顔を後ろに向けている。
金魚すくいに興味を失い、立ち去ろうとしているみたいだ。そして女の子の体がゆっくりと上に上がり始めた。
迷っている暇はない。あたしは急いで池の端まで戻り、女の子に向かって泳ぎ始めた。一かき一かきに力を籠め、全力で加速する。その間にも、池の端の女の子の袖も上に上がっていく。水面からはかなりの高さだ。
「えいっ」
自分の出せる最高の速度に達した瞬間、全身の力を込めて飛び跳ねた。体が空中に飛び出す。遠くに見えた青い袖が大きくなって目の前いっぱいに広がり、そして……。
あたしは青い世界の中を漂っていた。うっすら青いもやがかかっている。遠くは見通せないけど、上と下は青みが濃い。深さはさっきの池よりもあるみたい。
「やだ、ほんとに来ちゃったのね」
振り向くと、さっきの蝶の尾びれのお姐さんがすぐ後ろにいた。
「こ、こんにちは。お邪魔してしまってごめんなさい」
あわてて挨拶する。
「まあ、来ちゃったものはしょうがないわ。どうせ……」
お姐さんは言葉を切って、向きを変えた。
「ついてらっしゃい」
あたしはお姐さんの後ろについて進んだ。目の前の青みがだんだん薄くなる。
「ほら、ご覧なさい」
あたしは息をのんだ。目の前に外の世界が広がっていたのだ。
水面であることを示すちらちらとした光。だけどこの水面は縦に広がっていた。
そしてその向こうに人間の世界があった。輝く灯りが二つの列になってずっと先まで続いている。灯りの下をたくさんの人間が歩き回っていた。大人に子供、お姐さんが浴衣と呼んだ服を着ている人間も多かった。二三人ずつで連れ合って、がやがやと話をしながら歩いている。
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