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日曜日の朝、コウジから電話が入るまで、俺は約束をすっかりと忘れ去っていた。
「昼飯もよければいっしょにどうかなって」
コウジの家に、十一時半に到着する予定を立てて、十一時すぎに自宅を出た。
いつもの登校経路をたどり、途中で磯のほうへむかう。キャンプ場へ行く道だと聞いていた。うろおぼえだったがなんとかなったらしく、玄関先の階段のうえに立っていたコウジが、俺に気がついて手を振ってくれる。応えて片手をあげ、気恥ずかしくてうつむきがちに距離を詰める。
そのさなかだ。右手の脇道から、黒い影が近づいてくるのが見えた。なんだろう。ふりむいて確認してみて、俺は総毛だった。
たたん……、ととん……、たたん……
じゃんけんおじさんがゆったりとスキップしながら、こちらにやってきていた。たぶん、気づかないふりをすれば、見つからなかったと思う。でも、そんなの、後の祭りだ。恐ろしくて、じっと見つめてしまった。
目が、はっきりと合った。
じゃんけんおじさんは俺をみとめると、大きく口を開け、歯ぐきまでむき出して笑った。スキップが早くなる。
俺は、一瞬遅れて猛ダッシュした。どうせ、またスキップしてるんだろう。このままコウジの家に逃げこめば……。
「うわぁあああぁぁ、待ってえええ!」
大音声にぎょっとする。ふりかえると、じゃんけんおじさんは腕をめちゃくちゃにふりまわして叫びながら、猛然と俺を追いかけてきている!
「マジでマジでマジでっ?」
俺はパニックになって、懸命にコウジの家を目指した。門のかんぬきにとりついて、がちゃがちゃ揺らしたが、思うようにならない。コウジがあわてて手伝ってくれようとしたが、もう、おじさんはすぐそこまで迫っていた。
「待ってえ!」
諦めて、ふたたび走る。どうしよう、この先は、磯しかない。土地勘がないせいで、経路がぜんぜん思い浮かばなかった。どんづまりのキャンプ場まで行ったら、逃げ場がなくなってしまう。どこかで……、どこかで曲がって、別の道に行かないと。
キャンプ場を囲む道路は、ごく浅い小川のむこうにある。夏場は川へ下りて水遊びもできそうなほど、小川へ下りる斜面はゆるやかだ。キャンプ場へは、手すりもないコンクリート製の古い橋がかかっているだけだ。
俺は橋の手前で左に折れた。一本裏の道を戻って、もう一度、コウジの家を目指す。否、目指そうとしたときだった。
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