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キャンプ場のなかは、想像していたとおり、廃墟群となっていた。うっそうと茂った木立の奥では、柱で支えられたキノコみたいなコテージが腐って倒壊している。バーベキュー場の四阿の屋根はほとんど抜け落ち、無残なありさまだった。手近にあった管理棟らしきログハウスは、さすがに苔むしているが、現役時代とさほど変わらないようすだ。これなら隠れられるだろう。
俺は、敷地の外から見えないようにと、急いでログハウスの陰に入った。
ここまで来れば、めったなことでは外に声も漏れないはずだ。でも、橋の下より蚊に襲われそうだな。考えていると、コウジがつぶやいた。
「じゃんけんおじさんは、子どもに菓子さえ渡せれば満足するはずなんだけど」
「でも、現に俺は追われてる」
「親父が言ってたんだ。間違いないよ」
ふたことめには親父親父。コウジの判断基準は、そればっかりだ。呆れたが、コウジは俺の態度には気がつかないようだった。
「親父も小さいころによく駄菓子買ってもらったって言ってたよ。柳井先生から聞いた話をしたら、駄菓子屋のおばちゃんのことも懐かしんでた。日曜日のじゃんけんは知らないって。きっと、跡を継いだ嫁さんがはじめたんだろうって」
へえ、と素っ気なくあいづちを打とうとして、俺は違和感をおぼえた。
「なぁ、親父さんって、柳井先生と同じくらいの年齢? 超若くねえ?」
「そんなワケないだろ。五十五だよ」
ちょっと待った。俺はそこにきて初めて、違和感の原因に思いいたった。
「三十六歳の柳井先生が言ってたのと、五十五歳の親父さんが言ってたのが同じおじさんだとしたらさ、どんなに若く見積もっても、じゃんけんおじさんって、七十歳超えてねえ? あのひと、俺には五十歳くらいに見えるんだけど」
「……じゃあ、あれ、だれだよ」
コウジがぽつりと言う。しんとした廃墟のなかに、声が通っていく。
俺はだんだんと、うすら寒い気持ちになった。そうだ、他にもおかしなことはあるじゃないか。なんで気がつかなかったんだろう。
柳井先生は、じゃんけんに負けたときのペナルティの話なんか、しなかったのだ。
きっと、もっと他にも──
思考を寸断する音が響いた。
たたん、ととん、たたん、ととん。
俺は息を殺した。隣で、コウジががたがたと震えだした。それを押さえつける。
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