追跡

4/6
前へ
/18ページ
次へ
 キャンプ場のなかは、想像していたとおり、廃墟群となっていた。うっそうと茂った木立の奥では、柱で支えられたキノコみたいなコテージが腐って倒壊している。バーベキュー場の四阿の屋根はほとんど抜け落ち、無残なありさまだった。手近にあった管理棟らしきログハウスは、さすがに苔むしているが、現役時代とさほど変わらないようすだ。これなら隠れられるだろう。  俺は、敷地の外から見えないようにと、急いでログハウスの陰に入った。  ここまで来れば、めったなことでは外に声も漏れないはずだ。でも、橋の下より蚊に襲われそうだな。考えていると、コウジがつぶやいた。 「じゃんけんおじさんは、子どもに菓子さえ渡せれば満足するはずなんだけど」 「でも、現に俺は追われてる」 「親父が言ってたんだ。間違いないよ」  ふたことめには親父親父。コウジの判断基準は、そればっかりだ。呆れたが、コウジは俺の態度には気がつかないようだった。 「親父も小さいころによく駄菓子買ってもらったって言ってたよ。柳井先生から聞いた話をしたら、駄菓子屋のおばちゃんのことも懐かしんでた。日曜日のじゃんけんは知らないって。きっと、跡を継いだ嫁さんがはじめたんだろうって」  へえ、と素っ気なくあいづちを打とうとして、俺は違和感をおぼえた。 「なぁ、親父さんって、柳井先生と同じくらいの年齢? 超若くねえ?」 「そんなワケないだろ。五十五だよ」  ちょっと待った。俺はそこにきて初めて、違和感の原因に思いいたった。 「三十六歳の柳井先生が言ってたのと、五十五歳の親父さんが言ってたのが同じおじさんだとしたらさ、どんなに若く見積もっても、じゃんけんおじさんって、七十歳超えてねえ? あのひと、俺には五十歳くらいに見えるんだけど」 「……じゃあ、あれ、だれだよ」  コウジがぽつりと言う。しんとした廃墟のなかに、声が通っていく。  俺はだんだんと、うすら寒い気持ちになった。そうだ、他にもおかしなことはあるじゃないか。なんで気がつかなかったんだろう。  柳井先生は、じゃんけんに負けたときのペナルティの話なんか、しなかったのだ。  きっと、もっと他にも──  思考を寸断する音が響いた。  たたん、ととん、たたん、ととん。  俺は息を殺した。隣で、コウジががたがたと震えだした。それを押さえつける。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加