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たたん、ととん、たたん、ととん、たたん、ととん、たたん、ととん……
じゃんけんおじさんが、俺たちのいるログハウスのすぐ脇を通って、奥のコテージのあるあたりまでスキップしていく。
さいわい、気づかれはしなかったが、ふりかえられたら、一巻のおわりだ。
──いまのうちに。
俺はコウジの腕を引き、じゃんけんおじさんがさっき通ったのとは反対の側面に隠れた。むこうが整備された道だから、こっちの、裏側は通らないと思いたい。
身を潜めるために、ふたりでしゃがみこむ。俺はそうしながら、出入り口の有刺鉄線の破れ目との距離を目算した。
そうして、舌打ちしたくなった。
そうか、俺、靴濡れてたんだ。あんなにくっきり足跡がある。それに、コウジの自転車も目立つところに止めたままだ。おまけに、戦利品のチョコレートまで残して。
キャンプ場のなかにいますよと言わんばかりの痕跡を残していたことにいまさら気がつく。悔やんでもしかたがない。いまはなんとかここから逃げださないと。
出口にむかって、這うように身を乗りだした、そのときだった。
グチャ
ぐんにゃりと柔らかく、それでいて粘ついた感触があった。てのひらを確かめる。茶色くて生臭い液体と、白い抜け毛がふわふわとくっついている。気味が悪くなりながら、俺は、おそるおそる地面に目をやった。
「……っ」
必死で声を殺す。
猫だった。首を切られた三毛猫が、すぐそこに転がっていた。小さな頭は死骸のそばに並べてある。目元には、特徴的なハート型の黒ぶちがあった。
──みぃくん!
歯の根があわない。がちがち言うのを、ぐっとこらえる。コウジが俺のようすに気がついて、それから、みぃくんを、見つけた。見つけて、しまった。
絶叫! 俺はあわててコウジの口を押さえたが、一歩遅かった。
ぴたり。足音がやんだ。
見つかった。まだ、わからない。逃げるべきだ。一刻も早くここから出ていこう。いま動かないほうがいい。
頭のなかで押し問答をくりかえしながら、俺は息をおさえる。はっ、はっ、はっ、はっ。自分の喉がうるさい。コウジがもがく。羽交い締めにして、口を覆い続ける。
スキップの音は止まったきりだ。沈黙が長引けば長引くほど、緊張感は緩むどころか高まっていく。
いっ、いちかばちかだ、逃げよう!
覚悟をきめた瞬間だった。
「ぅ、……うぉえっ」
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